7月30日 雨
今日は何となく雨が降りそうな感じなのでもかの散歩を朝一番に済ませた。
大急ぎで家事を済ませたそう 今朝は仕事に出かける前に行く所があるのです。
運命とは何なんでしょうか!
先日テレビのモーニングショーの司会者が言ってました。先日若くして亡くなったミュージシャンの事を・・・・確かに若くして亡くなと・・・・・短い人生だった。
でも・・・その方がどういう生き方をしたかですよ。と言ってました。
そうなんですよねー今は平均寿命が昔に比べ延びていますから・・・・
あれから3年・・あっと言う間の3年です。今日は輸血からの感染C型
肝炎で亡くなった主人の命日なんです。
まだまだやりたい事はあったと思いますが・・・自分の思い通りにやって来た人生だとおもいます。
私達が結婚した時主人の仕事は建具屋さんでした。
木製建具がアルミサッシに変わり建具の仕事が少なくなり建具の技術を生かした何かが出来ないかと作った物が志太民芸家具でした。
このことをHPこらむ書いてあります。
志太民芸家具の販売に当り地元の見本市 国内での見本市 私はいつも見
本市を手伝って来ました。
そんな中 日本の家具は海外で売られていないから海外に販売したいと言い出しました。
言葉や習慣の違う海外での見本市は金銭的 精神的にも大変な物です。
自分が言い出して自分が行かないで私に販売の手伝いをさせるのです。
まだ子供が小学生ですからそれは子供の事が気になりますけど借金もあり会社のこれからを考えると私がそんなに甘えた事を言ってばかりはいられないやるしかないそういつも自分に言い聞かせて来ました。
海外見本市を経験したら海外に拠点が欲しくなり幾度となく下見して米国のサンフランシスコに現地法人を作る事になりました。
海外で仕事をするにはまず弁護士会計士をお願いして次は銀行口座の開設 これらをやらなくては成りません。
この時 英語が話せたらどんなにいいのかと思いました。
海外での営業活動が少し落ち着いた時主人は次の夢輸入住宅に興味を持ちだして次の夢を追い求めて又もや独走です。
輸入住宅の第1号として会社の敷地にモデルハウス件事務所を建てて始めた事でした。
輸入住宅の資材の発注も主人は日本語でこれとこれを・・・・・・・・・それをカタログをみながら私は解らない英語で発注するのでした。
資金調達 荷物の到着コンテナでの荷物の確認・・・・・・
その頃でした私が体調を崩し入院 手術 子供達もある程度大きくなって
居ましたから主人は子供達からこれ以上母親を仕事に巻き込まないでと責められたようです。
この時主人も少しだけ反省したようでしたが・・・・・
私が少しずつ健康を取り戻すと又以前と同じ夢を追いかけています。
私は言いました。住宅の設計や見積もりはやりたくないもう自分一人でやれる範囲で頑張ればいいのでは・・・・・・
それでもこれはこうだからと説明をする日々でした。・・・・・
今考えると私の運命だったのか???
主人が亡くなっても 私が困らない為の試練だったのか???
それにしても・・・・・・
普通に商売をして そう簡単に業種転換は難しい・・・
それを一代で 建具屋 家具屋 輸入住宅の建築と・・・・・
考えただけでも・・・相当エネルギーのいる事です。
やはり太く 短く生きた人生だったから いつも走るように生きていたの
かも知れないと思いました。
それで今朝は雨の降る前の墓参りでした。
家に着くと同時に雷と雨でもの凄かったです。
自分自身、悔いのないように生きたいと思いました。